香港労働 Hong Kong Labor Issues #22 日本人のための香港労働問題研究:労働審判を司る労資審裁所の司法管轄権について

Updated: Sep 12, 2020

#香港労働法 #日本人 #HongKong #Labor #Issues

香港労働 Hong Kong Labor Issues

官僚主義と管轄の問題

まず言及するべきは、香港の行政機関は日本以上にネオリベラリズムの影響を受けており、民間大企業よりも各部門が充実しておらず、より優秀ではないくせに、はるかに少数特権集団であり、必然的に処理に時間もかかる。これは、香港の深刻な公的医療機関の待ち時間と人手不足と類似した問題である。

労働問題で、留意するべきは、香港の官僚主義とはまず、物事を処理する上で自分たちの管轄として運用上実際規定している条例の範囲は存在しないという事である。自分たちの条例以外は知らないし、無関心である。各自の部門がさらに同様に孤立している。物事に全体知という概念が存在しない。

つまり、現実の生きた問題を自分の管轄する条例の物差しで測り、他の諸条例や全体としての諸条例間の齟齬や抜け穴を全く考慮しない。ジョン・ロック的な一面的なイギリス経験論である。タブラ=ラサ(白紙)自分の管轄する条例だけなのである。しかも、実際の運用規定でさらに条例がそのまま運用されない。

条例と運用規定(職員の内的に運用する文書やマニュアル的認識で通常非公開)、運用の関係は必要な観点であり、尚且つ死活的に重要なのは諸条例を全体知として考察し、問題を諸条例の関係の上で認識、考察する事である。これが、ヘーゲル、マルクス的な全体知の立場であり、弁証法的思考である。

司法管轄権(Jurisdiction)とは、法廷の権限であり、法廷が処理できる事柄を指す。例えば、労災は、香港では労資紛争の一つであるが、労災問題は地域裁判所で管轄する点に注意がいる。

さらに、権限でいくと、労資審裁所には禁止令を出す権限がない。この法廷がどの項目を処理するかは裁判を起こす双方が協議や議論で聴ける権限のあることでもなく、当該法廷が審議するかは不確定である。

労資審裁所の司法管轄権

労資審裁所条例の附則では、労資審裁所の処理する事柄が概括されている。そこでは、最重要の条項は雇用契約の条項違反である。これには、契約書に明記された部分の条項だけが対象になるのではない。暗示条項、信頼に関わる義務も含まれている

Schedule

[s. 7]

1.

A claim for a sum of money, whether liquidated or unliquidated, which arises from—

(Amemded 20 of 2014 s. 17)

(a)

the breach of a term, whether express or implied or (if relevant) arising by force of section 10(1) of the Minimum Wage Ordinance (Cap. 608), of a contract of employment, whether for performance in Hong Kong or under a contract to which the Contracts for Employment Outside Hong Kong Ordinance (Cap. 78) applies;

(Amended 8 of 1976 s. 49; 59 of 1999 s. 3)

(aa)

the breach of a term, whether express or implied or (if relevant) arising by force of section 10(1) of the Minimum Wage Ordinance (Cap. 608), of a contract of apprenticeship; or

(Added 8 of 1976 s. 49)

(b)

the failure of a person to comply with the provisions of the Employment Ordinance (Cap. 57), the Minimum Wage Ordinance (Cap. 608) or the Apprenticeship Ordinance (Cap. 47),

(Amended 39 of 1973 s. 9; 8 of 1976 s. 49)

other than a claim specified in the Schedule to the Minor Employment Claims Adjudication Board Ordinance (Cap. 453).

(Amended 61 of 1994 s. 48; 15 of 2010 s. 19)

2.

A claim for contribution under section 26(2).

3.

Notwithstanding paragraphs 1 and 2, the tribunal shall not have jurisdiction to hear and determine a claim for a sum of money (whether liquidated or unliquidated), or otherwise in respect of a cause of action, founded in tort whether arising from a breach of contract or a breach of a duty imposed by a rule of common law or by any enactment.

(Amended 20 of 2014 s. 17)

4.

Any question as to—

(a)

the right of an employee to a severance payment under Part VA of the Employment Ordinance (Cap. 57); or

(b)

the amount of such payment,

(Added L.N. 178 of 1974)

other than a claim specified in the Schedule to the Minor Employment Claims Adjudication Board Ordinance (Cap. 453).

(Amended 61 of 1994 s. 48)

5.

Any question as to—

(a)

the right of an employee to payment of wages by a person other than his employer under Part IXA of the Employment Ordinance (Cap. 57); and

(b)

the amount of such payment,

(Added 54 of 1977 s. 3)

other than a claim specified in the Schedule to the Minor Employment Claims Adjudication Board Ordinance (Cap. 453).

(Amended 61 of 1994 s. 48)

6.

Notwithstanding paragraphs 1, 2, 4 and 5, the tribunal shall have jurisdiction to hear and determine a claim transferred to the tribunal under section 8(3) of the Minor Employment Claims Adjudication Board Ordinance (Cap. 453) or section 7 or 10 of the Small Claims Tribunal Ordinance (Cap. 338).

(Added 61 of 1994 s. 48. Amended 28 of 1999 s. 18)

7.

A claim for remedies under Part VIA of the Employment Ordinance (Cap. 57).

(Added 75 of 1997 s. 6)

8.

(Repealed 135 of 1997 s. 4)

9.

(Repealed 135 of 1997 s. 14)

判例法理Samuled Ma Violeta Cabaya v Kwan So Han Sandy (HCLA 93/2003)では、高等裁判所は労資審裁所には労働者が雇用主に信頼信任の条項(Breach of Trust and Confidence)違反で債務追究する際に、司法管轄権があると認定している。

しかも、賠償請求する金額は予告手当に限定されず、ケースがひどい場合はそれ以上の賠償を請求できる。

しかし、これを要求する際、要求する項目を明記し、計算方法も添付しなくてはならない。つまり、何でも全て賠償を要求するという事は出来ない。

契約履行の概念

労資審裁所条例の附則の言及する「当該契約は香港で履行される」(上記引用参照)の意味とは、労働者がどこで仕事をするかである。

香港の法廷は、香港で発生した案件のみを処理する。しかし、契約で香港の法廷で労資紛争を処理する旨の明記があったり、香港の雇用条例を適用する旨がある場合は、考慮される。

判例法理William Barry Preen v Industries Polytex Ltd. (HCLA 171/1995)では、この基準が定立された。

1、例え、請求者が10%香港で仕事をし、例えば会議やらを行う場合でも、労資審裁所は司法管轄権を有する。

2、適用方法に関して明記がなくても、請求者が香港居住で、被告が香港の会社で、被告の会社のマネージメント層が香港で、当該マネージメントの仕事評価が常に管理層に報告確認するもので、契約が香港での契約で、給料が香港ドルで請求者の香港の口座に入るなどの場合、香港の法律が適用される。

つまり、部分の仕事が香港で行われるだけで、労資審裁所は管轄権を持つ。したがって、契約上の全ての職務が香港で行われるという必要はない。

そこで労働者に雇用条例が適用されることを証明できればよい。労資審裁所はそれで管轄権を持つ。契約がどこで履行されるかは、関係ない。

例えば、中国大陸で仕事をする場合、福利厚生が香港の雇用条例で行われるという前提ならば、香港でそれを請求できる。しかし、香港に被告企業の営業住所がない場合は、労資審裁所は、管轄権を持つが、地域裁判所や高等裁判所へ案件を廻し、圏外への召喚状を出す形になる。

権利侵害の行為

これに関しては、労資審裁所には幾つかの異なる法律で承認された権益の保障を侵害する行為に対して管轄権がない。例えば、労災であり、財産や人身の安全への危害である。労資審裁所は、労資契約が基本の管轄権になる。労災では、労働者は潜在/暗示条項(Implied Terms)に違反した、つまり十分な設備、訓練、人手を与えていないとしてここで訴えるが、管轄権の問題に往々にしてぶつかる。

また、訴因の中で、一つでも労資審裁所の管轄範囲であれば労資審裁所で訴訟を起こせるわけではない。

判例法理Gain Hill (HK) Limited v Li Kin Yip and Legend Group Trading Limited (HCA 1321 /2006) では、労資審裁所条例の附則第3段に基づいて管轄権がない侵害行為(例えば、信頼条項)については、その他の法廷で処理するとした。労資審裁所の管轄権、管轄範囲は案件の種類や訴因によって区分けされない。労資審裁所は、労資契約上の紛争解決を管轄としている。その際、賠償に関しては損失の有無、契約の合理性が問題視される。

公務員と政府の紛争

公務員は、労使関係でいくと、官僚自体は経済活動における階級ではないが、職責の権限に応じて労働者層か資本家層相応かに分類される。例えば、ソ連に置いて国営企業のマネージメントは官僚であるが、崩壊の過程で、そのまま資本家へ転化した。経済的機能、権限が資本家相当だからである。しかし、公務員と政府は労使関係を構成している。香港では、日本と違い、自分の役所を、役所と言わずに会社という者もいる。

多く払った賃金の回収は労資審裁所の管轄ではない

労資審裁所は、労働者に賃金支払いが不足する場合、労働者は労資審裁所で争える。しかし、雇用主が誤って労働者に多く払った賃金の回収は、労資審裁所で要求できない。

その場合、資本家側は小額銭債審裁所、地域裁判所、高等裁判所で回収できる。しかも、その額の大きさに応じて異なる。

判例法理以前の律政司司長が李錦志を訴えた案件(HCSA 5/2011)で、多く払ってしまった運転手当を回収したが、その際、このようなケースは、小額銭債審裁所で争うのが妥当で、労資審裁所や小額薪酬索償仲裁處では司法管轄権がないとされた。

小額銭債審裁所と小額薪酬索償仲裁處は、別物である。前者は少額の金銭がらみの紛争であり、後者は雇用関係における少額の金銭トラブルを扱う。

香港労働問題研究論考30章

(以下リンクより各論考へ)

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