香港労働 Hong Kong Labor Issues #9 日本人のための香港労働問題研究:賃金からの控除の合法性の問題
Updated: Aug 6, 2021
#香港労働法 #日本人 #HongKong #Labor #Issues
賃金からの差引は会社の自由ではない
日本においても、香港においても違法な給与控除の問題は、契約締結の段階から存在している。雇用条例の第32条第一項では、その条に含まれた該当する項目以外は違法な賃金控除(窃盗)になることを示している。労働力は、労働市場の商品となっている以上、賃金の違法な控除は犯罪であり、盗みと呼ばれるものである。
32.Restriction on deductions from wages
(1)
No deductions shall be made by an employer from the wages of his employee or from any other sum due to the employee otherwise than in accordance with this Ordinance.
基本的には、以下となる。
1、欠勤した分は控除できる。しかし、実際に欠勤した時間に限定される。
2、休日手当や医療手当を控除してはならない。
3、器物損壊や喪失した分でも、300香港ドルもしくは、それよりも小額の損壊、喪失分は控除できる。さらに、この場合、給与の4分の1を超えてはならない。これは、民事責任を問わないので、それ以上の賠償は5万香港ドル以下ならば小額賠償請求を小額銭債法廷で争うことになるが、資本家側が管理監督を適切に行なっていたか、保険を購入していたのかが争点になる。
4、労働者が食事の提供を要求し、控除可能な当該コスト分。
5、住居を提供していた場合の居住費用は相当額を控除できる。
6、資本家は、あらかじめ多く支払った部分の賃金を、その労働者から控除できる。これには、労工所所長の書面の許可がいるが、その際控除、利息、その他の徴収方法を当該支払い金額の代償にして控除できるか問われる場合である。しかも、控除額は給与の4分の1を超えてはならない。
7、労働者の書面による同意のもと、給与から貸付金、雇用主が労働者のために設立した医療福利プラン、公的貯蓄金プラン、離職金プラン、退職金プラン、貯蓄プランで雇用主が労働者に代わって支払う額を控除できる。就業二ヶ月以降控除されるMPFの場合もこれに該当する。
8、曖昧規定であるが、いかなる成文法の規定、判例法理、もしくは権利授与により、給与から必要項目を控除できる。
9、これも労工所所長の書面の許可を無視して行われているが、労働者の書面での要求があり、労工所所長の書面の許可を得た場合に、やっと合法的に当該労働者の給与からその他の項目を控除できる。
10、法廷の命令で雇用主は、労働者の賃金から当該労働者が未払いの扶養料を控除できる。
ここで、控除順序の原則があり、この扶養料の控除は、その他の上記の法廷の控除が成された上で控除されるのである。労工所の所長の書面の許可がない限り、各控除の賃金総額は、当該労働者の当該賃金支払い計算期間の賃金の半分を超えてはならない。ただし、欠勤と未払いの扶養料はこの控除制限から除外される。
香港では、給与控除に関する労働者の保護は厳格に存在している。
給与からの控除、その範疇に該当すると考えられる返還請求も、資本家の好みや双方の協議だけで合法になるわけではない。以上の法理に合致していなくてはならない。1、労働者は不当な控除要求及び、期日の設定も含めて同意しないこと。自分から縛られる道理はない。同意しなければ効果はない。2、労工所所長の書面の許可を要求すること。
賃金から遅刻分を控除するのは違法
麥永富が匯進髮舍を告訴した判例法理(HCLA 42/2000)では、件工というケースにより雇われる請負の非正規雇用や月給制の雇用でも賃金から遅刻分を控除するのは違法であると確定した。ここでは遅刻は欠勤とは認定されていないことが判明した。
この判例では、解雇自体の不当性とは別に、賃金控除の不当性が、煩雑な論議となる遅刻の記録証明も無効化して、控除自体の違法性が問われた。雇用条例第32条では当該条項明示の項目以外、雇用主はいかなる項目も賃金から控除してはならない。しかし、控除というやり方を故意に避け、後から返還要求という脱法手口もある。遅刻は、第32条の欠勤に該当しない。これは、日本の労基法よりも労働者の利益を保証する。
香港の労働者を違法雇用契約から保護する雇用条例第70条
当該条項ではいかなる雇用契約の条項でも雇用条例に抵触し、または雇用条例が付与する労働者の権利、保障を喪失もしくは、減少させるならば、無効である。従って、香港の現行法は遅刻に対して賃金を控除する権利を資本家に認めない。これは、当該ケースが労働者の部分敗訴(解雇予告手当は、試用期間の三ヶ月以内は一週間であり一ヶ月ではないので、一週間分しか補償されない)でも、結果として勝ち得た法例(遅刻で賃金控除は違法である)は、労働者にとり極めて重要な勝利に転化した。敗北は、その後勝利へ弁証法的に転化したのである。
欠席・欠勤は、半日や1日からカウントされると考えられる。また、時給よりも月給では遅刻は控除できると考えられないという見方が主流である。
ここでも、解雇の過程での違法行為があるにもかかわらず、あくまで解雇自体の不当性の争いになっていないことが香港的な環境である。解雇無効という判例が皆無だからである。不当解雇は、解雇無効や解雇撤回で、最大限の補償を獲得する法廷手段があるが、香港では解雇法規内で補償を得ることが直接的目的となる。
仲介、代理の報酬も賃金から控除できるか?
これは、香港の不動産会社と営業職の契約で、営業マンが離職後、受領した不動産の仲介料、報酬は30%を会社に控除されるという条項がある。
これは、労働者にとり賃金からの違法控除として争うことができるし、資本家側はそれを法廷に対して、賃金控除ではなく賃金の計算方法として言い訳をする傾向がある。
このような契約条項では新旧のビルの仲介手数料かの別はなく、第32条適用でいずれの仲介料も控除してはならないとなる。
上訴審で判例はなくても、経験豊富な労働裁判官たちはこれを賃金からの違法控除とみなす傾向がある。どう見ても、賃金からの、労働者の労働の生み出した対価の控除そのものだからである。しかし、上記の契約条項は顧客が不動産契約の成功報酬を払わない場合、それを理由に営業職を解雇し、その報酬を得る手口がある。それは、申告のタイミングを慎重に確定することが大切だ。
ここで注意は、このような成功報酬はあくまで雇用主が顧客から報酬を受け取り支払い義務が生じた後にそれをやっと労働者は賃金の一部の違法な控除として申告できる。
その他、留意すべきはこのような賃金の一部である報酬をあたかも任意のボーナス(discretional bonus)として偽装して脱法しようとする傾向があることである。労働の対価(実際は剰余価値の搾取であるが)として払われる金銭は全て賃金であり、言う所のボーナス(報酬)の計算方式が確固としてあり、実質的には任意ではない報酬であり脱法はできない。
香港労働問題研究論考30章
(以下リンクより各論考へ)
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